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エリック・ホッファー『大衆運動』を読んだ

2016年04月06日 -

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『大衆運動』は、古今東西の大衆運動に共通する特性とメカニズムについて考察した思想書である。原著は1951年に出版されており、ナチズムの惨禍がまだ記憶に新しい頃に書かれた。本書の著者、エリック・ホッファーは在野の思想家であり、「沖仲仕の哲学者」という愛称でアメリカ国民に親しまれていた。ホッファー自身についての話は、それだけでブログ記事が一本書けてしまうほど濃い内容なのでここでは触れない。

本書で対象にしている大衆運動は非常に幅が広い。直接言及されているだけでもルターの宗教革命や、 ムハンマドによるイスラム教の誕生、フランスの革命、アメリカ独立革命、ロシア革命、ナチズム、インドの独立運動、日本の明治近代革命が挙げられる。一見、アメリカの独立革命とナチズムとインドの独立が並列するのには違和感を抱くかもしれない。しかし、目的や思想こそ異なれど、これらの運動には現状からの変化を求める熱狂を伴う点では共通している。ホッファーは、この変化を求める欲求を誰が、どのような過程で抱き、それが大衆運動に結実していくかを探究することで、大衆運動のメカニズムを解明しようした。

ホッファーは、大衆運動に参加する人々は自分が自分であることに耐え切れなくなり、個人としての自分から逃走しようとする人であると指摘した。彼らは、大衆運動が掲げる高邁な思想や絶対的な真理(キリスト教、愛国主義、ナチス、共産主義、……etc)の信者となり、大衆運動という全体の一部であることによって自分自身のことを忘れようとする。こうして個人であることを止めた大衆運動の参加者は、自分の命を顧みずに大衆運動の目的実現に向けて献身する。つまり、大衆運動は意図的であれ潜在的にであれ、参加する人々の人間性を失わせる作用を持つのである。そのため、ホッファーは大衆運動を非常に危険であると警鐘を鳴らしている。

ホッファーの思想は、現代の社会運動にまつわる理論の文脈では疑問が呈されているらしい。昨今では社会運動はホッファーの描くような狂気にかられた行動ではなく、合理的な行動として分析するアプローチが主流のようだ。しかし、自爆テロなどのテロリズムを理解するためには、やはり狂信的な心理を探求することが必要ではないかと思う。

本書は現代においてもなお、いやテロリズムに世界中が揺れている今だからこそ読まれるべき本かもしれない。


著者紹介

名前:常川真央

筑波大学図書館情報学メディア研究科で図書館情報学を学ぶ。2014年4月より専門図書館員としてとある研究所に勤務。RubyとJavaScript使い。短歌の鑑賞と作歌が趣味です。

業績 : http://researchmap.jp/kunimiya

連絡先: tkunimiya@gmail.com

Twitter: @kunimiya

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