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『アイデンティティと暴力』

2016年04月08日 -

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本書『アイデンティティと暴力』は、アイデンティティがどう世界のテロや紛争に影響をあたえるのかを考察した書籍である。 本書のキーワードは二つ。「アイデンティティの複数性」と「アイデンティティの単眼化」である。

アイデンティティという概念は、ときにたった1つの絶対的なものと規定されがちである。しかし実際には人は言語、宗教、性、国籍、職業、思想といった複数のアイデンティティを有しており、日常のなかで使い分けていると著者アマルティア・ センは主張し、これを「アイデンティティの複数性」と呼んでいる。アイデンティティが複数あることで、ある点では対立関係にある人々が別の点では協調することができるようになる。また、個人の思考も多面的に物事を視ることができるようになり、過激な行動に走りづらくなる。要するにアイデンティティの複数性は平和を作り出す基盤となりうるのである。

しかし、人は暮らしている環境によって、ときに自分がたった1つのアイデンティティしか持たないと思い込まされることがある。それはやがて、民族や宗教といった1つの特性によって、本来は簡単に分けることのできない人類を幾つかの集団に無理やり分類する思考を生み出していく。完全に分類されある集団と別の集団の境界がはっきりと分かるようになると、それは対立構図を生み出し、やがてはテロや内戦のもととなる。これが「アイデンティティの単眼化」である。

アマルティア・センは、現代の世界ではアイデンティティの単眼化が蔓延しており、それがテロや内戦をヒートアップさせる要因となっていると主張する。そして、アイデンティティの複数性に目を向けることが世界の平和につながるのだという。

このように本書の特徴は、アイデンティティの複数性という概念で多様な自己に向き合うという小規模な話が、世界の平和という大規模な問題へとつながっていることである。自分自身の心のありようと世界とはどうつながっているのか。誰もがそんな疑問を抱くことはあると思うが、その疑問に応えるのが本書であると思う。

世界地図を見る時、ニュースで紛争やテロについて聞く時、私たちは知らず知らずのうちにそこにいる人々を1つのアイデンティティに矮小化している。ただ見るということ、傍観するということが無思慮な暴力になるということがある。そんな暴力を少しでも控えていくヒントとして、本書を勧めたい。


著者紹介

名前:常川真央

筑波大学図書館情報学メディア研究科で図書館情報学を学ぶ。2014年4月より専門図書館員としてとある研究所に勤務。RubyとJavaScript使い。短歌の鑑賞と作歌が趣味です。

業績 : http://researchmap.jp/kunimiya

連絡先: tkunimiya@gmail.com

Twitter: @kunimiya

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